大学生の独り言

大学生のブログです

野菜&果物ジュースがうまい

野菜を食べていないわけではないものの、一人暮らしというだけで自分の健康管理に漠然とした不安を覚える今日この頃。ちっぽけな不安に煽られてか気づいたらFamily Martで手にしていた野菜ジュース。

『野菜ジュースは美味しくない』

というのが19年間生きてきてこの飲み物に抱いた思いだ。が、久しぶりに口にしてみるとそれはとても美味しいものに思えた。スッキリとした甘さが後を引かず、野菜の癖もあまりない。

『…んまい。』

やはり、人の好みや嫌いは時が経つに連れて変化するものだということを改めて実感する。思い返してみると、トマト🍅を目の前にして1時間テーブルの前に座していたことや兄とともにマカロニサラダを食べて兄弟共にゲロを垂れ流したこともあった。が、今となっては食べられないことは全くない。ただしこれらに関しては野菜ジュースとは違い進んで食べようと思わず、提供されたのなら失礼のないようにとの思いで食している。あえていうなら我慢だ。

我慢というと一つ思うことがある。日本人は謙虚な生き物と耳にする。本当に?たしかに日本人は様々なことを相手に譲ったり、遠慮したりする。だがその反面、出すぎたことをしたならば『出る杭は打たれる』という言葉のように叩かれることもしばしばある。実際に叩かれなくとも心の中で『もう少し自重してくれよ。』など相手に謙虚な姿勢を要望する人も多いだろう。どうだろう、それこそ傲慢ではないだろうか?自分が我慢することは結構だ。だが、その謙虚を他人に押し付けるその姿勢は謙虚とは程遠いものではないだろうか?未熟ながらわたしは、自分を生きることに手一杯で他人の一挙一動を咎める余裕のない人こそが本当に謙虚なのではないかと思う。

だから、私は健康のためにみんなも野菜ジュース飲みなーなんてぜっっっったい言わないんだからネ‼️

スマブラと大学生

期末テストが全て終わった。しばらくぶりにゲームをやるとそれはもう楽しいものだ。

そんな私は最近スマブラではロゼチコ(ロゼッタ&チコ)に手を出し始めた。とても簡単にいうならば、簡単な遠隔操作ができるアイスクライマーみたいなものだ。本体のロゼッタとチコをうまく扱い、コンビネーションで追い詰めていくテクニカルなキャラクターだ。使ってみると面白い。チコをがいるおかげで攻撃の範囲が広がったり、相手に掴まれてもカウンターを決められる。復帰力もある方だ。

だが、それ以上に難しい。チコは相手にやられやすくロゼッタ自体も軽く簡単に吹き飛んでしまう。チコがいなくなるとチコが復活するまで大幅な弱体を強いられてしまう。さらに、言ってしまえば技が貧弱なためバーストが難しい。これは自分が慣れていないことも原因だが、ほかキャラに比べるとかなり難しい。 120%も溜まっていれば私愛用のガノンおじさんやリザードンなら一撃で勝負を決められるがロゼチコの場合はなかなか難しい。

そもそもなぜダメージ(%)を稼ぐのか、それは相手を場外へ吹っ飛ばしバーストするためである。この場合バーストが目的でありダメージはその手段であり過程である。過程や手段にフォーカスを当てすぎていて余計な不利益を被っているのはもったいない。時にはロゼッタをあえて掴ませてチコの強烈な一撃をお見舞いしたり、持ち前の復帰力を活かして、場外で死ぬほど追い討ちをかけることが重要だ。

目的ばかり見て目前の努力を惜しむことは愚かであるが、過程ばかりに目がいき視野が狭まることもまた賢いとは言えないことだ。

単位ばかり欲して授業をろくに聞かない者はダメージが足りず単位に届かず、過去問などを手に入れず、実直に勉強するものは感心するがバースト難民であるなぁ。

 

 

 

ノットアカデミック

こんにちは。テストが近いのにやる気が起きないから、やる気はもう少し寝かせてあげて映画っぽく心境を表したい

テストが近いのに勉強しない

『殺意を止めるな』

自動車学校も容赦なく通ってる

『モーオドーシヨーモナイン』

回避したい未来

『もちろんオール ふーかー(不可)』

周りの人きっと試験当日

『ボケみたいアイロニー

 

もはやブログでも日記でもなんでもないところは流石に土下座🙇‍♂️

 

 

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koyaanisqatsi

先日英語の授業で映画を見た。というのも、私が受けている英語のクラスでは毎時間映画を観てその映画について英語でレポートを書く課題が課されるのだ。控えめに言わないと最高。そして先日見た映画が

                『koyaanisqatsi』

という映画だ。コイアーニスカッチーと読むみたい。バランスのない生活とか狂った生活っていう意味らしい。もちろん他にもいくつか意味がある。

どんな映画か楽しみだった。その先生の持ってくる映画はどれも面白いものばかりだし、そうでなくても色々と考えさせられるものだったりする。ワクワクしていた。あ、始まった。

『コイアーニスカッチ〜、コイアーニスカッチ〜』←繰り返し

アメリカの自然が美しく画面に広がり、スローカメラで雲の流れや滝の映像が流れた。開始数分でわかった。この冒頭のシーンは10分ないし長くても20分は流れるな、と。以前、友人と見たキューブリックの『2001年宇宙の旅』でも冒頭のシーンはなかなか長かった。発狂した。そして今回もそれと同じものを感じた。身構えたつもりだった。リベンジすっぞ!!

 

甘かった。冒頭じゃない、全部だった。主演なんかいない、ひたすらスローカメラと早送りで街が発展していく様子がBGMとともに流れる。少しウタウタしてくる。周りを見回すとスマホをいじっている学生がチラホラと現れる。仕方ないことだ。これは万人ウケするものではないし、面白さや感動を求めて見るものではないことは明らかだ。それでも観てみると魅入ってしまうシーンや何かを訴えかけているように感じられる場面がいくつもあった。寧ろ映像の全てが何かを訴えていたのかもしれないし、もしかしたらなんの意味もないのかもしれない。それでも、偉い年寄りや勘違いしてる奴らの話を延々と聞かされるのよりはよっぽど有意義であったよ。

それにこれを観た今なら、『2001年宇宙の旅』にも立ち向かえるかもしれないしな。自身の未熟さゆえに腐り、放り出したあの映画に。f:id:hkt11711:20190116193037j:image

 

 

調子乗ってる

f:id:hkt11711:20190116002224j:image去年の春、受験の厳しい冬を越え晴れて大学生になった。彼らはお酒が大好きだ。私の父もお酒が大好きだ。大抵の人はお酒が大好きだ。愛されてんな。

そんな中、私の最近のささやかな楽しみはMonsterをお酒に見立てて、おつまみと称した食べ物とともコクコクと飲むことだ。お酒に憧れている自分が確かにそこにいる。しかし未成年だから我慢しているとかそういうわけではない。春や夏の頃は流れに身を任せよう、そういう展開が来るはずだから、と思っていた。が、悲しいかな案外飲み会もシラフでやっていけてしまうのが現実。普通に楽しい。やったね。

そんな感じで飲まずに生活すること半年が経過した。なんか、もう20歳まで飲まなくていんじゃね?ってなった。

さらにそこから数カ月後、いろんな経験を経て自分が好きなのはあくまでも無い物ねだりであったことに気づいた。昔は男は追いかけたい生き物で女は追われたい生き物だなんて言葉を聞いた時は   そんなわけあるか、男だって追われたいんじゃ  とか思っていたが、今ではそんなこと思うことはなくなった。するかしないかだったら、チェイスしてたい。チェイスされたら本当どうでもよくなる。完全にふぁらうぇいして全力で巻きたくなる。

話は戻るが、以前からお酒に憧れる節はあった。子供の頃ファンタグレープをワインに見立ててたのがMonsterになり、おつまみがベビーチーズから餃子🥟に変わっただけだ。実体を知らないまま頭の中の虚像だけがどんどん大きくなっていった。本物を飲んだら、飲んでしまったら、この大きく膨らんだ泡は爆ぜてしまうんだろう。 憧れを憧れのまま終わらせたくない なんて人はいっぱいいると思う。そういう人が夢を叶えていくんだと思う。でも、憧れを憧れのままにしておきたい人もいる。憧れがボロボロ崩れてみすぼらしい何かになってしまうのが怖いのだ。

範馬刃牙で勇次郎と刃牙が親子ゲンカしている時に勇次郎が  栄光が、歩いて自販機で買えるようなものだったらどうだ?  的なことを言っていた気がする。栄光が欲しいけど手に入る栄光があまりにも安い、彼が強すぎるから。彼の満たされない孤独な心が見えた1シーンだ。私のうろ覚えの記憶だ。てへぺろ

結局、一度飲んでしまったならそれに慣れ、彼の言葉通り歩いて買いに行ける安いものとなってしまうのだ。そう考えるとしばらくはこのままでいいなと思える。何年後かわかんないけどいつかこの考えが風化したらその時に飲めばいいしな。

すげぇな、Monsterと餃子だけでこんなキメッキメになってハイテンションになれるとか無敵かよ。

 

甘ったれてる

ミイラ取りがミイラになる

ミイラ取りってなんだよ。仕事か?ミイラを売るのか?キチッてんな。知らんけど。別に調べないけど。ちょっとググったらわかるんだろうけど、さして興味もないしな。

『そんなんだからお前はいつまでたっても無知なんだよ』

とか言われかねないが、良くない?無知でも。別にマウントとりたいわけでもとられたくないわけでもないし。寧ろマウントとっていいから床は低反発のマットレスにしてくれ。

そもそも私たちが一生懸命学んだって全ての何万、何億分の1も知り得ないでしょ?そんな、かしこさ0.1と0.2のメラゾーマの威力比べても変わんないだろ。なんなら乱数で0.1の方がダメージ大きいとかもあるぞ。結局さ、何が言いたいかっていうとさ、勉強は学生👨‍🎓👩‍🎓の本分だし学びたいことがあるから大学来たけどさ、めんどくさい時はめんどくさいんだよ。大学だけじゃないけどさ、そういう時はちょっとくらいサボって良くない?社会人になったら周りにもっと迷惑かけちゃうし、今くらいいんじゃない?無知で良くない?どうせみんな無知なんだから。

スケールを大きくすれば全部紙のめみたいに均一に見えるから、スケール大きくすれば全部許される気がしてきた。どんどん味しめてこうな。f:id:hkt11711:20190115111839j:image

 

 

結局めんどくさくなったが、、

あけましておめでとうございます。突然ですが、このブログ元はゲームブログのつもりでしたがSwitchちゃんから画像が送らなくなり、うへーめんどくさーとか思って自然消滅しようかなって思ってました。

が、

ふとした時に書きたくなるのです。そういうものだとおもいます。だから、ゆるりと適当なことを書いていこうとおもいますゆえ、今年もよろしくお願いしたい所存。